竹ノ下の城山(たけのしたのじょうやま/東条城址)
 〜「松風の小径」として整備された爽快なエリア〜標高760m〜
 旧本城村(現:筑北村)にある、戦国時代の山城址(東条城址)がある山。地形図上はほとんど目立たない山稜の末端部に位置し、地元の人以外には事前知識がない限り、おそらくは看過されてしまう一角であろうが… 実際に訪れてみると「松風の小径」という歩き易い散策路が整備され、「東条城址」あたりを中心に、その山麓の「花顔寺」や百番霊場の石碑、四阿屋神社の里宮という「白山神社」、などを順次巡ることができるとともに、尾根上は明るく爽快な岩稜となっていて眺望も結構良いという、なかなか変化に富んでいて好感の持てるエリアなのだ。
 にもかかわらず、そのあたりには特にこれといって「山」としての呼称はないようで、実際、筆者訪問時に地元の人に聞いても、皆一様に首を傾げるばかりであったのだが… 『長野縣町村誌 南信篇』の「本條村」を参照すると、「古跡」中「東條古城跡」の項に「村の東にあり。東西四間、南北十六間、
字竹ノ下と稱する山上にあり。」とあって、確かに地形図を見ると、そのあたりには「竹之下」の表示がある。しかしこの地名、山名というよりは、やはりそのあたり一帯の字名であるようで、実際『長野縣町村誌』の「字地」の項には、「竹ノ下 東條川の兩岸に跨り南より北に連る、東西七町七間、南北一町五十二間。」とあり、山麓も含めた一帯の地名であることが判る。それゆえ「竹ノ下」の呼称をもって、そのまま山名扱いとするわけにもいかず… 本項では当面の呼称として表題の通り「竹ノ下の城山」として紹介することとした次第。無論、今後別の呼称等が判明した場合には随時修正する。
 この山に訪れるには、北西麓の田屋集落付近にある「関昌寺」という寺の前の「曼荼羅の里 松風の小径」と書かれた案内看板を参照してから行けば、事前に見所を把握できるので都合がよい。コースの取り方は幾通りか考えられようが、筆者の場合は時間の都合もあり、最も効率よく巡れそうな「花顔寺」からのルートを選択した。同寺の前に駐車し、標識に従って百番霊場の石碑に頭を垂れつつ少々登り、ちょっとしたピークに出たところで標識に従い左折、尾根上を行くと、道は次第に明るい砂礫の山稜を行くようになり、途中、北アルプス方面の展望がひらけたポイントがある。さらにしばし進むと、また分岐があって、右は東条城址、左は「白山神社」への道となるが、ここではまず右へ、東条城址を往復してくるとよい。明るい岩稜を少々下り気味に進み、登り返したところに石祠が建ち並んでいる一角があって、城址の説明看板が設置されている。ここはかつて青柳氏に属した東条氏の城であったといい、一応実戦(落城)も経験している模様であるが、その割にはさして顕著な遺構は目につかない。この点、長野県教育委員会編『長野県の中世城館跡 分布調査報告書』の城館跡一覧表中「東條城」の備考欄には「一時的使用の城か。」とあるが、少なくとも岩稜という自然の要害地形を最大限に利用し、人為的工作を最小限に止めた砦であったことは間違いあるまい。また落城の経過については、前述の『長野縣町村誌』中「東條古城跡」の項を参照すると、「廢濠石壁今僅に存するも、往時應仁の際、東條右京之進、城き(筆者注:「築き」の意?)據る所のものにして、今其詳傳を失ふと雖も、天文間小笠原氏屡兵を出して攻ると雖も、柳氏と共に族を擧て禦ぎ遂に和を講じ、柳氏深志城中に詣る、茲に小笠原氏欺て、これを殿中に斬り兵を遣し其數城を侵す數戰殺傷多く、遂に城主これに死す。餘族城中に死を以て守ると雖終に其當る可からざるを知り、一夜自ら火して風雨に乘じて遁ると云ふ。近時文政年間に至り太田平右衞門の傭夫、其近傍の田圃を穿ち、刀劍、馬具等を掘り得ることありて、其口碑と符號するを以て、東條某の戰死の所を知ると云ふ。其遺物今猶白山社に収めて存す。」とのこと。ちなみに山麓の「花顔寺」が東条氏の菩提寺であるという。
 城址を往復したら、先の分岐まで戻り、今度は左へ進み、多少下って「白山神社」を拝観するが、下り始める手前に一箇所、空堀の遺構が見られる。おそらくはここが東条城址の中で最も顕著な遺構であろう。空堀を乗り越えた先から急坂をしばし下り、「白山神社」の境内へ。この神社は前述の通り、四阿屋神社(注:別掲の四阿屋山の頂上に祭られている神社)の里宮とのことで、岩壁を背にした結構立派な社殿を有し見応えがある。そして最後は心地好い汗と共に、「花顔寺」前の駐車場所に戻れば、前述の通り近辺の見所を最も効率よく巡れる楽しい周回コースになるというわけだ。コース中には特段危険な箇所もなく、家族連れでの軽い山歩きには格好の地。所要時間は休憩込みでも1時間半程度みておけばよい。なお、「山」としてこのコースを巡る場合、一般には東条城址と「白山神社」との分岐点のあたりを「頂上」とみなしておけばよいだろう。

 ← 鎖のある岩稜(東条城址付近にて)

【緯度】362417 【経度】1380114
(「竹之下」の表示のあるあたりの露岩のある山稜一帯が東条城址の範囲になります。)