砥石城山(といしじょうやま/戸石城址)
 〜「武田の戸石崩れ」で有名な山城址〜標高830m〜
 戦国時代の城址として有名な山。西暦1500年代半ばの天文19年、甲斐の武田晴信(後の信玄)が攻城に失敗し、総崩れで敗走したという、いわゆる「武田の戸石崩れ」で有名。山城址としては結構な規模を有し、南から「米山城」「戸石城」「本城」「桝形城」と連なり、これらが総体として「戸石(砥石)城」と呼ばれている。最高点は最北の「桝形城」だが、本丸址は「本城」、三角点は「戸石城」にあり、最も低い「米山城」には村上義清の碑や石仏、立派な東屋などがあって憩うのには最適の場所、と、4つの主要城郭がそれぞれ明瞭な個性により区分され、行程的にも結構変化に富んでいるのが嬉しい所。位置的には上掲の東太郎山の支稜上の一部という感もあるが、以上のような豊かな歴史性や、また山中からの展望の良さなどを考え合わせ、筆者としてはここをあえて一個の「山」として採り上げたい。
 なお、この山の山名は国土地理院の地形図上からは明らかでないが、地元の神科小学校の校歌に「空にそびゆる砥石山」という一節があることなどから、当初本項では「砥石山」の呼称を用いて紹介していたが、その後『長野縣町村誌 東信篇』の「上野村」の項を参照したところ「砥石城山」とあったことから、より正確を期する意味で『町村誌』の呼称のとおり修正した次第。
 この山に登るには、山麓の「伊勢山」集落から、なだらかな尾根道をたどるルートがよい。「米山城」と「戸石城」間の鞍部に出て、まずは右に「戸石城」「本城」経由「桝形城」までを往復。「桝形城」は最高点だけに展望も素晴らしく、特に北東方に四阿山や、また東方に烏帽子岳などの展望が良好。帰りは元来た道を戻り、先の鞍部から「米山城」を往復して登山口に戻る。以上全行程で所要時間は2〜3時間あればよいだろう。

 ← 砥石城山最高点・桝形城址にて(北方を望む)

【緯度】362540 【経度】1381729
(788.6m三角点=狭義の戸石城址の北のピークが最高点の桝形城址です。)