権現山(ごんげんやま)
 〜地元の人々の愛着が身近に感じられる好峰〜標高1,749m〜
 伊那市にある中央アルプス前衛の好峰。かつて伊那谷から駒ケ岳に登る主要道のひとつであった「権現づるね」の名で知られ、いわばその中継点的位置にあたる山。この「権現づるね」、あのウォルター・ウェストンも通行した道であるというが(注:登り口の手製案内板によれば明治24年)、ロープウェーが千畳敷まで通じた現在では、このルートを利用して駒ケ岳まで登る人はほとんどないようだ。が、近年の里山再生が声高に叫ばれる傾向の中にあって、「権現山」は単に駒ケ岳登山の中継点というよりは単独の里山として、地元の人々の間を中心に、少しずつ見直されつつあるように見受ける。そのことは登山道を行くにつれて、いくつも目につく素朴な手製案内板の存在等から容易にうかがい知れる。このような地道な取り組みは、近年の「百名山ブーム」に代表されるような、あたかもただ頂上に登れさえすればよいがごとき山歩きの風潮に一石を投じるものとして、大変喜ばしい状況であり、筆者などは非常に好感を抱く次第。
 この山に登るには、東側の「伊那スキーリゾート」上部から取り付くものと、途中まで林道を利用して頂上から北東側に派生する山稜を登るものの2つのルートがあるが、筆者は後者を利用して訪れてみた。中央自動車道に沿うように走る伊那市内の広域農道を、小黒川のすぐ南の小出区あたりまで行き、「常輪寺」という寺への案内標識を見出せば、そこに権現山登山口を示す標柱もあるので、後はその道に入り、林道を上へ上へと終点目指してたどればよい。ただこの林道、一定区間おきに排水用の窪み(溝)が路面を横切っており、相当慎重に走っていっても、必ず何度かは車の底面を擦るような道であるのみならず、路面状態自体も不安定のため、車を傷つけたくない向きや四輪駆動車でない場合にはあまりお薦めできない。実際、筆者の訪問時にも、たまたま林道が前日の雨のために路面状態が最悪だったため、FFの我が愛車では終点まで上がれず、途中から退屈な林道歩きをしばし強いられるハメとなった。
 ともあれ林道終点まで達すれば、そこでようやく登り口の鳥居をくぐり、以後は両側から笹の迫る静寂な雰囲気の道となる。周囲は樹林で展望は良くない道だが、その代わり途中には前述の通り随所に「鍋澤造林地(細ケ谷)」(注:明治年間に小出村が入会地を個人分割した造林地)、「競馬場」(注:かつて山仕事の合間に草競馬を行ったという平坦地)、「伊那高等女学校造林地」(注:伊那高女は現在の伊那弥生ケ丘高校)などを示す素朴な手製案内板が、進むにしたがって次々と見出され、この山が昔から地域に根ざした存在であった事実が知れるとともに、地元の人々の今も変わらぬこの山への愛着を身近に感じることができる楽しい道だ。そして最後に「鳥居跡」から短い急登を登り切り、頂上付近の「西山権現社」の石祠前に飛び出て振り返ると、そこではじめて眼下の伊那谷の俯瞰や、その背景をなす甲斐駒ケ岳、仙丈ケ岳をはじめとする南アルプス連峰の雄大な眺めなどの展望が開ける。三角点標石は「西山権現社」の裏手のわずか上がった所にあるが、筆者が訪問したのと同じ6月中旬過ぎ頃なら、そのあたりの道は踏むのがためらわれるほどのマイヅルソウの絨毯になっていて、この山への訪問者の少なさを意外な所で強く実感させられることになるだろう。
 以上、林道終点の登り口から頂上までの所要時間は片道1時間半程度だが、実際には林道を車でどこまで上がれるかにかかってくるので、車の性能に自信のない向きには、念のため往復5時間くらいのつもりで出掛けられた方が無難だろう。なお、林道終点から先の笹原の道の下部では若干ダニが目につくので(注:衣服に付いても、ほとんどは歩行中に落下するので、あまり気にする必要はないと思うが…)、気になる向きにはスパッツを着用するなど足回りを防護しておくとよい。

 ← 「西山権現社」の石祠(権現山頂上付近にて)

【緯度】354845 【経度】1375319