城ケ峰(じょうがみね/瀬脇城址)
 〜近くの小松原城址と似た雰囲気の山城址〜標高490m〜
 長野市七二会にある戦国時代の山城址(瀬脇城址)の山。この山、例によって地形図上は山名不詳の地味な場所だが、『長野市誌』第12巻資料編の「第3編 城館跡・条里」の一覧表中の記述によれば、地元集落では「城ケ峰」と呼称されているとのこと。また、城名の方については、『長野市誌』第12巻資料編には「瀬脇城」とあるが、長野県教育委員会編『長野県の中世城館跡 分布調査報告書』には「瀬脇の城」とあり一定していない。(注:もっとも「瀬脇の城」では何だかしまりがないので、本項では「瀬脇城」の名で記載したところ。)
 この山に登るには、例によって筆者訪問時点では標識の類もなく、適当に近辺を走り回って住民に尋ねたりしながら登り口探索の末、結局「蓮」集落上部の民家の脇に車を置かせて頂き、そこから一旦下って沢を渡渉し、登り返して頂上に至るルートを選択した。このルートなら20分ほどで登頂可能だが、前述の通り沢の渡渉の必要があるので、山林作業用の長靴でも履いていかないと厳しい。それに、いざ尾根上に出て、少々北寄りに歩いてみたら、尾根の反対側には明瞭な山道が付けられているのが見出されたので、この道への入口さえ判れば、一般にはこれをたどる方がむしろ順路かも知れない。
 ともあれ、尾根の周辺には、結構明瞭な郭などの遺構とおぼしき地形が確認される。(注:もっとも『長野市誌』第12巻資料編には「尾根頂部とその周辺には城郭施設が確認されない。」とあるが、どうなのだろう? 私のごとき素人目には、距離的に近い小松原城址の遺構と雰囲気的に似通った構築のように見受けられたが…?)
 なお、時間に余裕があれば、ついでに付近にある「守田神社」に立ち寄っていくのもよい。この神社、旧七二會村の郷社として地元では非常に重要な位置を占める(注:事実『長野縣町村誌 北信篇』の「七二會村」の項中でも、「郷社」が村内の字地等の方角を示す起点とされている)のみならず、別掲の「野杭山」と関連があり(注:野杭山中の石祠がある地が旧社地という)、さらに境内には長野市指定天然記念物という立派な杉の御神木があるなど、結構興味深い地であるからだ。訪れるには国道19号線の「瀬脇」の交差点から北に折れ、しばらくそのまま車道を進んでいけば、そのうち左手に大きい社叢が見えてくるので、すぐに判る。

 ← 「城ケ峰」を望む(「蓮」集落の上部より)

【緯度】363716 【経度】1380519
(瀬脇集落のすぐ北の尾根の末端部にある490m等高線の地点です。)