鞍骨山(くらほねやま/鞍骨城址)
 〜知られざる豪壮な城砦址〜標高798m〜
 長野市松代町清野の南にある戦国時代の山城址(鞍骨城址)の山。別掲の天城(てじろ)山の東の山稜上にあり、山名はもちろん山城址の存在すら一般にはあまり知られていないが、いざ訪れてみると、本郭址周囲の顕著な石垣や急峻に切られた切岸など、とても無名の城址とは信じられないほど豪壮な規模を誇る遺構の数々に驚嘆させられる。実際、頂上近くにさながら中世の西欧の城砦のごとくに巡らされている石垣の有様を初めて目にした瞬間の筆者の驚きたるや… いささか大袈裟なようながら、かつてジャングルの中にアンコールの遺跡を見出した人が味わった驚きに通じるものがあるのではないか…(!) などと思ったほど。
 それほどの山城址でありながら、最近筆者が山城址の山への探訪に際してバイブル的に参照している南原公平氏著『信州の城と古戦場』(令文社刊)にも、なぜか本城址については全く記述がないところからして、おそらくはこの山城址の存在が認知されるようになったのは、比較的最近のことなのだろう。ちなみに頂上本郭址にある手製の立看板によれば、永正年間に清野山城守勝照により築かれたとある。
 そんな山なので、登行ルートも現時点では一般の遊歩道的に整備されたものはなく、道が判らず引き返したという話も複数人から耳にしたほどだが、ルートを選べば別段難しくはなく、松代町清野から妻女山に延びている林道中途から、地形図上798mの標高点近くに上がっている送電線の巡視路を利用して稜線上に上がり、そこから左に稜線伝いに頂上までたどるのがよい。「No.5」送電線鉄塔への道に踏み込むと、すぐ突き当たりに「鞍骨城→」の手製の標識を見出すので、これに従って右へ進む。やや急な登り数十分で最初の送電線鉄塔の手前に達するが、そこで鉄塔の方に進まず、右に分れて杉林の中に続く薄い踏跡をたどるあたりが、山慣れていないと若干判りにくいかも知れないが、道形はすぐ上で再度顕著になるので心配無用。更に登行しばしで稜線上へ。そこは2つ目の送電線鉄塔を右に見る狭い鞍部状の所で、明らかに空堀。ここから鞍骨城址へは、前述の通り左(東)に山稜をたどる。踏跡は存外明瞭で、途中「↑鞍骨城」の手製標識を見つつ進むと、ほどなく、はっきりそれと判る郭と急峻な切岸が前途に出現する。正面突破は貴重な遺跡を崩すことにもなるので、ここは右手の帯郭状の箇所から巻いて本郭を目指すのがよい。それから前述した豪壮な石垣を前途に見出すまでに、さして時間はかからない。本郭址は脇に土塁のある小広い平地で、樹林に囲まれ展望はあまりきかないが、樹間から南東に鏡台山などが望める。以上、送電線巡視路の登り口からここまで、所要時間的には存外短く、通常は1時間もかからないだろう。
 なお、この山の標高だが、地形図上は798mの標高点表示があるが、頂上の手製立看板には820mとある。ここでは混乱を避けるため、とりあえず地形図の表示に従い798mとしておくが、後日820mの確実な根拠を手にした場合は修正しようと思う。

 ← 鞍骨城本郭址の石垣遺構(鞍骨山頂上付近にて)

【緯度】363234 【経度】1381051